『新婦の修論のテーマこそ、結婚のテーマ』

−国家関係も、男女間の愛情から−


 新婦の修士論文のテーマと関連して、お祝いの言葉を述べさせていただきます。

 昨日、ソウルに着き新婦に初めてお会いして、修論のテーマを質問させていただきました。『日朝関係におけるリーダー・シップ論(指導者の影響と役割)』というような内容でした。家内には初対面の人に、そんなことを聞くのは失礼だと怒られましたが、これも職業病で申し訳ありませんでした。

<反論、ハンチントン論文>

 さて1993年にサミュエル・P・ハンチントン教授が『文明の衝突(原題:THE CLASH OF CIVILIZATIONS AND THE REMAKING OF WORLD ORDER)』という論文を書き、雑誌『中央公論』にも訳文が掲載されました。この論文は後に彼の予想が、今世紀初頭、すなわち現状を言い当てたとして大変有名になりました。しかし当時、東西ドイツ分断のベルリンの壁がなくなり、21世紀は世界的に平和が来るときわめて楽観的に、希望に満ちていました。

 すなわちボスニア・ヘルツェゴビナの紛争、ニューヨークでの同時多発テロ、イラク戦争、等々の世界各地での紛争です。

 この論文の論旨はつぎのようなものです。すなわち20世紀末に社会主義と資本主義、すなわちソ連と米国との冷戦構造が崩壊すると同時に、21世紀は文明、とくに宗教の対立が激しくなり、各国、各地で紛争が起きることを予想しました。残念ながら、この予想通り、キリスト教とイスラム教の対立などから、各地で紛争が起きています。

 この民族、国家、地域間の紛争は個人の関係、力を超えて構造化されて、組み込まれていて、いわば宿命的なものであるとハンチントンは言っています。起こるべくして起こるので避けられない、必然的なものであるとも述べています。

 私はハンチントン論には賛成できませんし、間違っていると思います。歴史学者はどうも「経済発展五段階説」を書いたロストウもそうですが、単純で運命論的です。各国の事情によって、多様な発展の形態とルートがあるはずです。

<国家関係も個人関係から>

この民族、国家、地域間の構造(宿命)が生じるのも、またこの構造が変化し、新しい構造にするのも、もともとは個人と個人の関係で、さらに大きな影響を与えるのはまさに新婦の修論のテーマのリーダー・シップ(指導者)論です。そしてこの個人と個人との関係は、よい関係、理解し合うという個人の動機、意識の問題です。

日本人の新郎と韓国人の新婦のお二人が大学院で知り合い、理解し合い、結婚をされることになったわけですが、まさにこのような個人の積み重ねによって両民族、国家間の構造、運命を決めることになります。少しオーバー、いや期待を込めて表現しますと国家間の運命を決める重要な一部を担っているのはお二人であるし、ここに参加されている、二人の結婚によって今回、親族になることになったわれわれです。お二人をいろいろ支え、協力、交流していく義務と責任があります。

しかしそれはそう単純、簡単ではないと思います。お二人の時代には(国家間の構造には)その効果がする現れなくとも、その子供、さらに孫、ひ孫の時代になった100年、150年という時間が掛かるでしょう。しかしそれも、このような個人の第一歩の行動(それはまったく個人的な愛情という動機であっても)がなければ不可能です。

<国際関係も男女間の愛情から>

まあいろいろ小難しいことを言いましたが、簡単に結論を言えば、国家間のよき関係も平和も、個人の、男女間の愛情から生まれるということです。

追記、対馬藩にあって当時のきわめて困難な日・韓の時代の平和外交に尽くした元禄享保の国際人・雨森芳州(あめのもりほうしゅう)をぜひ新郎新婦に紹介しようと思います。そしてこの儒学者が再評価されたのは没後・250年、それも盧泰愚大統領の訪日の国会スピーチの中ですが、その時、日本側の出席者は誰も雨森の業績を知らなかったと言われた、忘れられた思想家です。