辺野古米軍基地建設反対運動(あと一息)の報告、と泡瀬埋立て反対運動(さて、これから)協力のお願い


<座り込み、一年を迎えます>

辺野古米軍基地については小泉首相の見直し発言もあり、政府関係者間でも辺野古に誰も出来るとは思われていないとまで言われ出しました。今日(4月19日)で辺野古の座り込みが、一年を迎えます。最終的には中止(私は7月下旬か8月上旬と予測)になるでしょうが、その間ボーリング調査を請負った企業は、受託金をもらうために形だけでも整えるために強引に着工をするでしょう。
 そして、この一カ月の攻防が最後の山になると思います。その詳細は次のホームページをご覧下さい。そしてそれどれの方法で支援していきましょう。
 
    沖縄ジュゴン環境アセスメント監視団http://www.asahi-net.or.jp/~qg2n-tir/jugon/jugon.html


 型だけのこんなことの為に、双方にケガ人が出ることだけは避けたいです。
 辺野古の反対運動が成功すれば、沖縄で住民の手によって米軍基地建設が中止になった初めての歴史的なケース(期間切れによる中止の例はあると思います)です。沖縄の人々を勇気づけ、今後の住民運動に大きな影響を与えることになります。

それにしても、この反対運動が成功しつつあるのは、辺野古のおじい、おばぁ達が覚悟を決め、それこそ命がけで座り込みをし闘争したからです。それを見かねて地元の若い人々(これまでと異なって、プロの運動家でないごく普通の若者)が協力、海上でまたボーリングのためのやぐらに登って体を張って阻止した賜物です。皆さんを尊敬し、見習わなければと思っています。


<泡瀬干潟に取り組みましょう>

さて、この一年間、辺野古の反対運動に沖縄県内のそれ程多くない環境関係、基地反対関係者が集中してしまいました。そのために泡瀬干潟埋立て反対運動に力が及びませんでした。私は、これからはいろいろな形で泡瀬干潟埋立て運動に直接的、積極的に関わっていこうと思っています。詳細は次のホームページを参照してください。

泡瀬干潟を守る会 ( http://www.ne.jp/asahi/awase/save/





 先ず現在の運動を支えるということで、皆さんにお願いがあります。

 泡瀬干潟「自然の権利」訴訟準備が進められていますが、その費用(訴訟前250万円)が不足しているようですので、ぜひご協力ください。また訴訟を含めてどのような反対運動が可能か、戦略が考えられるか、また協力が出来るかを皆さんいろいろ考えて、提案してください。私も今、いろいろ機、いや奇略も含めて考えているところです。

そこで、反対運動を展開するにあたって決意を新たにするために、4月4日の入学式の後、久しぶりに泡瀬に行きました。その時の写真ですが、埋立ては進みつつあります。

 

 

 拙稿『泡瀬埋立てを契機に第三の道を探る、提案する』をお読みください。これが私の泡瀬埋立て反対運動に対する理由とスタンスです。何でも反対というわけではなく、三方(建設業、住民、環境保護団体)一両の損ならぬ、得という提案です。


<専門家の役割の第一歩も知らぬ、若い専門官>

 それにしても私の(専門家として自認している)立場から、とても腹の立つことがあります。先日、この件で総合事務局(沖縄開発庁)の泡瀬干潟埋立ての担当官が「先生の言っていること(添付資料「第三の道を探る」参照)もわかりますが、沖縄市の議員の8割が埋立てに賛成していますよ。それを私達、行政(官)が反対したら、それこそ民主主義に反しますよ。」ともっともらしく反論してきました。

 私は、「君達は専門家の役割の第一歩も知らないのか」と、息子のような年齢だからと我慢して担当の役人に次のようなことを話しました。これでは自分達専門家の否定で、自負もプライドもなく、腹が立ちました。

 専門家(官)の重要な役割の一つは住民、市民に明らかな誤り(事実誤認識また理論的な誤り)があったとき、これを正したり、またさらに良い考えを出し、代替案を住民に常に示しつづけることです。このようにして、住民により良い、幅の広い選択の機会、チョイスを気づかせ提案を示すことです。

 住民の言うこと、好むことをただ鵜呑みにして事業の実施をするのであれば、住民の意見を代表するだけの政治家だけで事足りるわけで、専門家の必要はありません。

 少し異なった視点から言いますと、「住めば都」という言葉がありますが、私はきらいです。専門家は住民にそこで満足させるのではなく、より良い都を示し、提案し続けることです。

もし、住民が知らなかったら、現実に存在しているより良い都(都市、場所)を見せたり、もし実在していなかったら、具体的イメージできるプランにして役割があります。

 上役に対して同様、住民に対してゴマをするだけ(住民の主張をもっともらしく、理論化する)でなく、住民に嫌われても発言しなければなりません。専門家は住民の一歩先を行って、嫌がられても住民とは異なった(例えば環境)視点、総合的(例えば、他との関係)視点、長期的視点から発信しなければ、世の中に必要ないし、レゾンデートルがありません。