ベンチャー高安と私 −塩売の行商に、上京−


 ぬちマースのファンが多く、通販等の個人に対する販売は、それなりに順調に展開していました。しかしこれではあくまでもニッチ商品です。一桁以上の販売拡大をするためにはメジャー商品へということで、冬休みを利用して量販店(また商社の食品部門)、また塩を使っている大手の商品メーカーに「金売吉次」(若い方もNHKの大河ドラマ・義経でご存じだと思います)ならぬ「塩売吉川」をしました。

あまり慣れない行商でしたので、いろいろ失敗があるのですが、その一例を紹介しましょう。

<下町の菓子会社と思ったのが売上1千億円>

カルビーから、至急、赤羽(東京の下町)の会社に来るようにと連絡がありました。赤羽と聞いて、私は小さなお菓子会社と思って気軽にほとんど資料も持たず、飛び込みセールスのようなつもりで訪ねたのです。しかし会議室に松尾社長以下、各担当者10名近くが待たれていたのに先ず驚きました。そして成分や成分分析の精度、生産量の安定性、台風時の輸送体制などなど、いろいろ質問を受け四苦八苦して久しぶりに緊張して受験生気分を味わったのを憶えています。

<沖縄と本土との生産と必要量のギャップ>

そして松尾社長が「我が社の商品は(体に悪い塩を使うので)ジャンク・フードと親から思われているが、この塩を使うとそれが払拭できる」と言われ、すぐにでも使いたいがと提示されたのが当時の生産量の300倍近い量でした。とても対応しかねる量(生産システム、資金から)で諦めざるを得なかった(※)のですが、本土との取引量の差の違いを思い知らされました。沖縄で自然塩を作っている企業が一団となって、それこそオール沖縄で対応するようなことも考えなければなりません。

なおカルビーは年間、1千億近い売り上げであることを、後で知りました。

このようなわけで、両者に対してコンサルタント役をしてきたわけですが、前述ようにむしろ学ばされることの方が多かったようです。

(※)後に地域限定、季節限定で一部モデル的に「ぬちマース使用」の実験販売をしようということで話し合われています。

<工業、技術集積の少なさに驚く>

 実は、私も高安社長と同様、工学部の出身でよく二人で製造工程の自動化についてアイディアを出して、プラント・メーカーに機械や工具の発注をしました。

 ところが、沖縄の場合、少し特殊になると地元に受注先がなく、いちいち本土に(九州の場合が多い)注文を出さなければなりません。そうすると、下手をすると納入まで2カ月近く掛かり、さらに不具合がありそれを調整して再納入する場合は、3カ月近く掛かるということをしばしば体験しました。

 私の実家は東京の文京区で印刷会社を営んでいましたが、その周辺は各種の町工場が集積していました。父が早く亡くなったこともあり、高校時代から経営の手伝いをしていました。そんなことで思いついた改善のアイディアを、それこそ隣の工場のおじさんに朝注文すると「坊やこんなのが出来たよ」と言って、翌朝には試供品を持ってきてくれました。沖縄の物づくりの環境の悪さを改めて実感しました。