今年も沖縄に夏が来ました

 今年も6月23日の慰霊の日が来ました。この5、6年、わが家で恒例となっている「6・23国際反戦沖縄集会」に「ひめゆりの塔」から「魂醜(こんぱく)之塔」の会場まで行進をして参加しました。

 数年前は、ジグザグ・デモはしないものの、シュプレヒコールぐらいはしていたのですが、今年はそれもなしになりました。海勢頭豊(うみせどゆたか)の作曲した「月桃の花」をバックにして行進というはなはだ和気あいあいとしたものでした。                        
 会場までの、強い日射しの中を両側がサトウキビ畑の道を集会場まで歩くと、今年も沖縄に本格的な夏が来たな〜と思います。

 沖縄では、「ゆつか(4日)の日」といって、旧暦5月4日(今年は新暦の6月21日)に糸満のハーレー(競争船)があります。その時に応援で、打ち鳴らすハーリー鉦の音で梅雨が明け夏が来るといわれています。

 しかし、わたしにはこの6月23日の慰霊の日の行進への参加が沖縄の夏の到来です。

 この集会も様変わりしつつあります。この集会では、去年ぐらいまでは、団体から個人まで各種のビラ撒きから署名活動が行われていました。ここに来て動きを見ていると、少し大げさですが日本中の権力闘争(それもどちらかというとマイナーな個人的な)が一望できるような感がありました。
 また、安保闘争、ベトナム反戦、大学紛争、復帰運動で活動した本土側と沖縄側のメンバー(私と同じロートル)が1年に1度会い、その無事を確かめ合うという同窓会的な雰囲気がありました。その中を現セクトのメンバーがうろちょろしているという感じでした。
 また、今年は、警察の私服もほとんど見られず、どうも何とも見くびられて、馬鹿にされているような感じです。
 
家内が種から育てた月桃が咲きました。

 しかし、今年は何か、がらっとこの国際反戦集会も様変わりの感があります。フリースクール、高校生(関心のある教師に引率されて)、それに反戦・平和に関心のある本土の若者や辺野古の座り込みに参加していた人々が、単独での参加が目立ちました。なにしろ参加者の平均年齢が20才も若返ったような気がします。

 反戦集会も、われわれ中高年から若い人々へバトンタッチの時代になったのですね。反戦歌、これも海勢頭豊(うみせどゆたか)の作曲ですが「喜瀬武原(きせんばる)」を歌いながらデモした時代から、「月桃の花」の時代に変ったわけです。ただしこれは熱心な導入者、指導者(引率者)が必要なようです。
 
 来年は小生も新入生の「入門ゼミ」の希望者を引率して参加(セクト対策を充分にして)しようと思いました、気づかされました。「老兵は死なず」ただ、後継者を育てるのみです。