3.マス・コミュニケーションを活用した社会への働きかけ

 「与那国開港プロジェクト」ではシンポジウムの共催をはじめとして、地元新聞社・沖縄タイムスといわば協同でこの運動を報道面からの協力も得て展開した。

 この結果、プロジェクトに対する理解、協力を島内、県内だけでなく同じ国境地域の長崎県・対馬、北海道・稚内、さらには関係国(台湾・花蓮、中国・アモイ市)からも得られた。

 その結果、1990年5月20日に同島で開催した「与那国国境サミット」には上記国内地域はもとより、花蓮市長また政治的な事情で直前に欠席はしたがアモイ市長も参加を表明して、内外で大きな関心を呼んだ。

 このような大きな関心を背景にした事によって、はじめて「与那国開港」、また『国境政策』の重要性の認識を国会でも得て、「祖内国際港湾整備計画」が決定したと思われる。

●「国境政策の必要性」(渡辺美智雄・当時外務大臣「衆議院安全保障委員会」の意見書)

「沖縄・中国(アモイ)航路開設運動」では、前述したマスコミュニケーションの効果、重要性、協同の必要性の認識の下で取り組んだ。

 マスコミュニケーションをむしろプロジェクトの直接のコーディネーターとして位置づけ、県内外に直接、広く呼びかけるという試みをし、その体系化に取り組んでいる。(この時のパートナーが当時・文化放送の緒方修氏で現・沖縄大学教授である。)

●「沖縄・アモイ航路開設運動」とその展開の新聞報道(ラジオの可能性を探る)