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●ソウルで親族の結婚式に出席しました。

   −国家関係も個人関係の積み重ねから−

 この5月の連休は、親族の結婚式で韓国のソウルに行き、帰りに家内の宇部の実家に寄って両親孝行(?)してきました。

※私の家族以外のことなので、匿名性に留意し、関係も分からないように書きましたので、少し不自然な表現になりました。また写真も同様、私達家族以外は遠影にし顔が直接分からないようにしました。写真の腕が悪いのではありませんので、念のため。ホットなツーショットもありましたが、残念ながら割愛しました。


●4月30日(土)

 兄弟の子供が大学院の同じ研究科で知り合った韓国女性と結婚式をソウルで挙げることになり、家内と午後、仁川空港に着きました。

 危うく、空港から宿泊先のロッテ・ホテル行きのリムジンバスの乗車口に並んだつもりが、実はロッテ・ワールド行きの乗車口でした。危うく直前に気付いて、乗車口を探して、夕方、無事ホテルに着きました。どうも先が思いやられます。

 結婚するお二人とホテルで会い、式次第などについて説明を受けました。

 5月2日(月)のお昼12時からソウル市内でキリスト教式の結婚式をし、その後、2時から近くの新婦の実家で韓(国)式の結婚式とのことです。この韓式の結婚式では新郎側の出席者がお祝いを述べる、ということは私もしなければならないようです。ただし日本語から韓国語の通訳が付くとのことでした。英語でしなくてもよいことになり、ホッとしました。しかし何かもっともらしいスピーチをしなければと、今夜考えることにしました。


●5月1日(日)

<元気のよい韓国の教会>

 新婦のご家族が通う教会の礼拝に、結婚するお二人と、新婦のお母さんと一緒に、家内と参加しました。明日、司式をしていただく牧師さんにもお会いして、挨拶をしてきました(写真1、2)

 牧師さんはケニアで伝道をし、宣教師をしているそうです。そういうこともあって結婚式の司式は韓国語と英語の両方でしてくれることになり、これでただ参加するだけでなく、式の内容も理解できそうです。

 それにしても韓国の教会は元気ですね。

 その教会では早朝祈祷会が5時半からあり、礼拝は7時半から午後1時半まで4回あり、夕方と夜の祈祷会が午後9時にあります。

 牧師さんから韓国のキリスト教人口が国民の60%と説明されたので、日本全国では1%、沖縄では3%ですと説明しました。牧師さんに、日本の1%、3%の信者は熱心で強いですねと励まされました。

<韓国は教会、沖縄は基地を中心にゲート・シティー(門前町)>

 教会には教会員の送迎バスも、また食べ損ねましたが食堂もありました。また教会に続く道に、果物屋さんが数件店を開いていましたが、これは教会に出席した帰りに果物を買って親戚を訪問するのだそうです。いわば教会の門前町のような形に商店街が形成されているようです。沖縄では基地の門(Gate)を中心に商店やバー、クラブが形成されてきましたが、ソウルでは教会、沖縄では基地のようですね。

 午後には新郎側が到着し、これで日本側のオール・メンバーが揃いました。

 夕食は新婦側のご招待で、ウォーカーヒルのシェラトン・グランデで両家親族の紹介を兼ねて、親族カジノ大会ならぬ、韓国レストランで夕食会をしました(写真3、4)。また食後、カジノの最上階のスターライト・ラウンジで皆で一杯やりましたが、漢江(アジア開発銀行レポートで有名な「漢江の奇跡」のあのハンガンです)の夜景がとても綺麗でした(写真5)


●5月2日(月)

<韓国ドラマ「美しき日々」の場所で>

 12時よりソウル市内の公園で、キリスト教式の結婚式が行われました(写真6、7)。雨を心配していましたが天気は、まったくの快晴で陽射しが強すぎるくらいです。沖縄では今日から入梅だそうです。女性の方々は日焼けを避けて椅子に座らず、テントの中から出てこないくらいです。

 ここは人気の結婚式のスポットだそうで、何でもここで韓国ドラマ「美しき日々」の結婚式シーンの撮影にも使われたそうです(写真8)

 牧師さんのスピーチも冒頭にショート・スピーチをしますと言った割には、40分近いなかなか迫力があるスピーチ(英・韓両国語ですので、実質は半分の20分)でした。式が終わったのは1時近くでした。

<一番おいしかった韓国料理>

 その後、新婦のご両親が経営している近くのレストランで、ビュッフェ・スタイルのランチをしました。本当に多くの多種多様な韓国庶民料理でメリハリの付いた味で、私にはとても味が合い、今回の旅行で、ウォーカーヒルのシェラトンの韓国料理のレストランよりも一番おいしかった料理でした(写真9)。

新婦のお母さんがすべての料理の味のチェックをしているとのことで、もう少しゆっくり、次回白と赤のワインでも持ち込んでいろいろな料理をゆっくり味わいたいです。

ソウルに行かれた方は、このレストラン(メール連絡をいただければ場所をお教えします)で食事をされることをお勧めします(写真10)

しかしつぎの式が控えているので、そそくさと済ませて同じレストラン内で次の韓式の結婚式に向かいました。

 韓式の結婚式は地元の方も慣れていない、あまりよく知っていないようで、若いマリッジ・コーディネーターがかなり適当にというか、マニュアル通りに指示を出していました。むしろ記念写真・ビデオ用に演出していて、挙式を挙げているという厳粛な感じではありませんでした。

 さて、この式の中でいろいろな儀礼がありました。両親との礼、祝盃、栗を投げて布で受けとめ、子供の数を占う、等々です(写真11、12)

<伝統の創作>

 その中には新しく加えられたと思われるものもいくつかありました。例えば新郎新婦で、相互に食べ物を口へ持っていく儀礼とか、お酒を相互に手を廻して飲ませ合うなどの儀礼はいかにも写真、ビデオ撮影用に考え出されたと思われます。

 このように商業上、新しく現代生みだされた、付け加えられた儀礼が、いかにも李朝時代の昔からあったかのように定着していくという例、私はこれを「伝統の創作」と呼んでいますが、日本でも(特に沖縄には)よく見られる現象です。

 これは急速に近代化が進み、当該社会の伝統が失われ、アイデンティティを求めるケースでよく見られます。

 例えば沖縄ではエイサーはもともと(沖縄本島)中部(地域)だけのもの(行事)でしたが、それが現在では南部地域でも普通に行われていますが、これは最近作られたものです。あと10年もすると、いかにも昔から南部でも行われていたように定着するでしょう。

それが沖縄では歌や踊りから、韓国では商業から発祥しているところが面白いですね。

その中に新郎の親族側から、新郎新婦へのお祝いの挨拶がありました。私は少し長くなりましたが、添付のような『新婦の修論のテーマこそ、結婚のテーマ』を話させていただきました。

また、韓国と沖縄の関係について書いた記事(下関〜釜山 国際化フォーラム)がありますので、これも添付しておきます。

 今回の海外旅行は、時間ができるとホテル内の屋内プールで家内と泳いだり、昼寝をしたりとゆっくり過ごしました。


●5月3日(火)〜5日(木)

 3日の午前にソウルを発ち、福岡経由(新幹線)で宇部の実家に寄って来ました。父は88歳、母は82歳ということでそろそろ介護が必要ということで、その準備的な打合せのためもありました(写真13、14、15)

まぁ、この歳まで元気に頑張っていただいたので、我々も沖縄で気兼ねなく暮らし、好きなことができました。感謝しています。そろそろ、お世話、対応する年齢、時期になったようです。

 さて、帰りは福岡まで高速バス(写真16)に乗りましたが、外は緑、また緑でした(写真17、18、19)。当地、山口県防府市出身の自由律に属し漂泊の俳人、種田山頭火の「分け入っても、分け入っても青い山」という俳句が思い出されました。きっとこの季節に詠んだ句なのでしょう。

 私が、山頭火の俳句でもう一つ、好きな句は、のは「うしろすがたのしぐれてゆくか」です。


●1月3日

まだ、沖縄にもいろいろな知らないところがあります。

「ジャネー洞(ヤブチ洞穴遺跡)」へ行ってきました。

年末、年始いろいろな雑事や健康上の理由から、今年の正月は遠出を避けて近くで、海の良い景色が見られ、かつまだ行ったことのない所を探そうということになり、息子に運転をさせてドライブをしてきました。沖縄に4、5年も住みますと、本島はあまり広くもないので、ほとんどのところへ行ったような気になってしまいますが、意外なところにお勧め(?)のポイントがあります。

海中道路を入る手前に藪地(ヤブチ)島という不思議(?)な島があり、本島から橋で渡って行くことが出来ます。電線も引いてあり、道も1本ありますから無人島ではないと思いますが、農作業用の車が2台駐車しているのを見かけただけでした。

その道路も途中から舗装されてなくて、細くなり、すれ違うこともできないので、もうここいらで引き返そうかと幾度か思っているうちに、島の一番端に出ます。ヤブチ島の一番奧に「ジャネー洞(ヤブチ洞穴遺跡)」があり、現在も拝所としてもつかわれているようです。けっこう石筍も発達しています。

周辺の海も、ほとんど訪れる人もいなくてきれいです。那覇から1時間半ぐらいですので、まだ知っていない方にはおもしろいと思い紹介しました。

丁度、陽の沈むころ帰宅しましたが、正月の空気が澄んでいて、那覇の夜景(自宅テラスより)がきれいでした。


04/12/15

●11月28日
一番下の娘が結婚式を挙げました。

 披露宴は来年2月11日に予定していますが、早めに引っ越しをするということもあり内輪の結婚式を挙げました。教会メンバーに手作りの心のこもった結婚式をしていただきました。式の後、簡単なパーティーをしましたが沖縄式、台湾式のミックスで面白い体験でした。


●11月15日
孫が七五三のお祝いです。

 皆さんも孫を持つと実感すると思いますが、孫ほど可愛いものはありません。


●12月編集 『那覇だより』復刻版掲載

 友人達(特に家内の)の間で『那覇だより』を懐かしむ声、また復活、再開の声が多く聞かれます。そこで、1年に2、3回、そしてこれまでとは別の形(メル・マガなど)の発行の可能性を話し合っているところです。そこで取りあえず、これまでのものを6通ばかり復刻版として「家族ニュース」に掲載することにしました。

 この『那覇だより』は、私達(夫婦)が沖縄に移り住んだ1995年の9月から1999年12月まで、1〜2カ月に1回の合計31通、家内と私の友人・知人・親戚に最も多い時は60通ほど出していたものです。

 突然、私達が沖縄に移り住んだので、家内には友人や親戚から心配や安否を問う手紙、電話が多く、個別に簡単な返事を出すよりは、少し詳しく、楽しい沖縄生活の様子をと企画しました(当時、まだ沖縄ブームなどにはほど遠く、本当に心配してハブの危険はないかなどという問い合わせ、心配もあったくらいです)。

 一方、私は別に島尾敏雄の『名瀬だより』の向こうを張ったつもりではありませんが、中央集権史観に意義申し立てをした島尾の「ヤポネシア論」や「琉球弧(の視点)」を意識していたのかもしれません。

 また当時はe-mailも、ましてやメル・マガなどはありませんでしたので、郵送による本当(元来?)のニュース・レターでした。

 次の号を添付しましたので、ご興味のある方はご覧ください。(PDF)

1号  ‘95年9月7日
        皆様いかがお過ごしですか。
        ミーニャンが行方不明・・・

6号  ‘96年2月21日
        花いっぱい・・・もう春?
        沖縄の夜 ・・・ひとつ体験

9号  ‘96年5月22日
        西表島に遊んで
        ベンチャー・ビジネス講座開講

16号  ‘97年1月27日
        その後の我が家の出来事
        不思議な年賀状(はさみ込み)

23号  ‘97年12月12日
        海上ヘリポート問題を考える
        ある日の我が家の会話

27号  ‘98年9月19日
        幻想的な光景 −奥集落の旧盆“ウークイ”−
        敗戦の弁 −本部町長選大敗−


04.8.26

●8月21日

 沖縄の大学の夏休みは8月、9月ですが、今夏は新設大学院(現代沖縄研究科)の申請(9月下旬)、等で休みなしということになりそうです。 忙中閑ありということで久しぶりにやんばる(山原)に蝶を採りに行きました。 謹慎中(ご自身が言っておられました)の知念ご夫妻(前・レキオス航空社長)と琉大・福井先生をお誘いして、山原でもあまり知られていない源河川の上流に位置するオオシッタイ(大湿帯?)に、少々の気晴らしに行ってきました。 小生はツマベニチョウの採集を目的に行きましたが、羽化の時期に合わせたつもりですが、今年は大分早かったようで羽が傷んでいました、残念。 シロチョウ科で私が好きなのは、このツマベニチョウとクモマツマキチョウです。ツマベニチョウの前羽の橙色は本当にきれいです。 また、これも私の好きな漆絵作家(小生の命名)で本部町大堂(うふどう)の谷間にある原田ご夫妻の工房に寄り、作品を見せていただきました。私が前から気に入っている作品(ベトナムに昔あった日本人街での大交易時代を彷彿させる情景)に再会し、わざわざ庭に出していただき記念写真を撮らせていただきました。 さらに「アジア最大のタラソリゾート」と売出し中の宜野座村の『かんなタラソ沖縄』でゆっくりしてきました。 ご機嫌な一日でした。

●7月26日〜8月3日
 待ちに待っていた恒例の孫達の沖縄訪問が7月下旬にありました。今年は大学院の新設の関連で、孫達と旅行できなかったのですが、時間を作って日帰りであちこち行きました。とても楽しかったです。家内はおばあちゃん業が板についてきました。(本部・海洋博記念公園)



04.3

●3月22日―25日(木)
家族旅行と予備調査を兼ねて、渡名喜島へ行ってきました。久しぶりの離島調査でした。



03.11

 「月下美人」のような花が・・・・本土の方には珍しいと思いますので、ご紹介します。
  先日、わが家のルーフ・ガーデン(という程、大げさではなく、単なるベランダですが)で、ドラゴン・フルーツの花が咲きました。その花と果実の写真です。
その花の形態と生態は「月下美人」とほぼ同じで、満月の夜(正確にはその前後1日、2日を含めて)の夜、一夜だけ咲きます。花は写真で見るように大変美しく、深夜にもかかわらず、虫達が花に集まってきていました。とても神秘的でしたのでご紹介させていただきました。この写真は朝6時頃(本土と比べ夜明けが40〜50分ほどずれます)空が白じみかけ花がしぼむ前の自然光で撮影したものです。またその日の朝は、写真のような、空に虹がかかっていました。写真の右下がそのドラゴン・フルーツの木です。


03.8

 ようやく夏休みに入りました。沖縄県内の夏休みは本土と異なり8月、9月です。8月4日、5日のAO入試試験が終わり、今日(6日)から夏休みです。待ちきれずに夏休みしてきました。少し前(7月20日、21日)、大里教会のメンバーと渡嘉敷島へ行って来ました。その時の写真を添付します(小生の前後が家内と長男で皆、元気です)。